当日の朝、お天気もいいし河津桜を見に自転車で出かけた時の写真です。
このあと、何度この時に戻りたいと願ったことか。
自分のためにも、被害にあった方々のためにも。


その後、買い物のために銀座にでかけました。
銀座では、iPad2と携帯型ミストを見るつもりでした。
張り切ってAppleへ行き「iPad2を見せてください」と聞き、店員さんに「発売前です」と言われ、赤っ恥をかいたのも今では懐かしい思い出です。
それからバーゲンを見つけてしまい、会場であれこれ見ました。
しかし、ここで時間をとられすぎました。14時ぐらいですが、ちょっと雲が出てきていたのです。
天気予報では夕方に雨が降ることになっていたので、慌てて小走りで電車に飛び乗りました。
京葉線の新木場駅に着き、とまっている電車に乗り窓の外を見ました。
もうあと20分以内に家につくのでホッとしていました。
隣りにいた女性が、車両を移るために連結部分を通って歩いていきました。
すごく揺れたので、「なんだか乱暴な人ね」と思いました。
しかし揺れはその女性のせいではないことがすぐに分かりました。
グラグラと電車の床が傾き、おかしいと思った瞬間、ホームに出ました。まだみんな電車の中にいました。
次の瞬間、ゴーーーーーというような音とともに、ひどい揺れが始まりました。
グラグラグラだったかもしれませんが、何かすごい音がしていました。
電車は揺りかご並みに揺れていて、もう少しで横転しそうです。
全員ホームに飛び出してきました。
そこでアナウンスが入り、「体勢を低くしてください。現在、地震について調べています」などと叫び始めました。このアナウンスは地震終了まで続きました。
私たちは全員近くのものにつかまり、しゃがみました。
そろそろ終るだろうという予想を裏切り、地震はどんどんひどくなり、映画で見た日本沈没とかこの世の終わりを感じさせました。
私は「コワイ」と叫び、女子中学生はワンワン泣いていました。
このままひどくなれば、ホームは持ちこたえられず、私は死ぬんだろう。
家にいれば、怖くても死ぬことはなかったのに。
モコは?
モコはひとりでどんなにコワイ思いをしているんだろう?
地震は永遠に終らないような気がしましたが、そのうち終りました。
私はいそいで出口を求めて走り出しました。
アナウンスが「こういう場合、点検のため通常でも電車は3時間は動きません」などと叫んでいました。(実際は3時間どころではありませんでした)
交番で聞いたりしてとまどったため、タクシー乗り場に並んだ時はすでに行列の後の方でした。タクシーは順調に来ていて、少し待っていると、また大きな地震がありました。
地面にしゃがんでやり過ごしましたが、短かったせいもありホームにいるより怖さは少なかったです。
2回目の地震のあと、タクシーが全く来なくなり、近くでは火災が発生してだんだん深刻さを増していきました。
私はマンションに電話して火事になっていないか聞こうかと思いましたが、全然電話が通じませんでした。
他の人たちも「電話が通じない」と言っていました。
この電話の不通は夜まで続きましたが、回線が混み合ったために起きたそうです。
近くの人たちに話しかけ、情報交換をしました。その際、私の持っていたiPadが大活躍したことを付け加えておきます。
人の役に立ったので、私は嬉しくて仕方ありませんでした。
しかし、WEB上には宮城のことしか書いておらず、東京ではまるで何も起こらなかったようなスルーのされ方でした。
同じ市内に住む人が他に2人いましたので、いろいろ話し合ったすえ皆で歩いて帰ることにしました。
(後半へ続く)